うなぎと選挙があつい夏

 今年も土用の丑の日が近づいてきました。毎年この時期になると、スーパーには蒲焼の香ばしい匂いが漂い、夏の風物詩として親しまれているうなぎの蒲焼が所せましと並べられます。
 筆者もうなぎは大好物で、重箱に入った蒲焼の写真だけでご飯が何杯でも食べられそうなくらいです。しかしいま、うなぎをめぐって世界で起きていることを考えると、おいそれとは口にできなくなってきています。

調査時に確認されたニホンウナギ(記録後に放流しました)
調査時に確認されたニホンウナギ(記録後に放流しました)


【世界のウナギに起きている異変】
 ヨーロッパでは、かつて豊富にいたヨーロッパウナギが乱獲と環境変化により激減し、2008年にIUCN(国際自然保護連合)によって絶滅危惧IA類(CR)に指定されました。2010年にはワシントン条約の付属書IIに掲載され、国際取引が厳しく規制されるようになりました。2014年には私たちになじみ深いニホンウナギも、アメリカウナギとともに絶滅危惧IB類(EN)に指定され、その危機が広く世界に知られるようになりました(※1)。そして今年6月、EUから、「世界の既知のウナギ類全てをワシントン条約附属書IIに掲載すべき」との提案があり、その是非が議論されています(※2)。

【世界のうなぎを食べつくす日本人?!】
 このように、世界中でうなぎが激減している背景をどのように考えたらいいでしょうか。
 ヨーロッパウナギの減少傾向は1960年代には始まっていたようですが、とくに1990年代以降、以下のグラフに示されるような日本市場でのうなぎ需要の高まりにより、中国・台湾などの養殖業者がヨーロッパウナギの稚魚を輸入・養殖して日本に輸出したことが大きく関わっていると言われています。日本のうなぎの消費量は、1970年代以降の輸入量の増加とともに、まさに「うなぎのぼり」に増加して、2000年前後のピーク時の消費量は、世界の7割に相当したと推定されています(※3)。

日本におけるうなぎの供給量(消費量)の推移
日本におけるうなぎの供給量(消費量)の推移(※3)

 
 また、2024年に中央大学が行ったDNA調査では、日本国内で販売されているうなぎの蒲焼の約4割がアメリカウナギであることがわかりました(※3)。ヨーロッパウナギの輸出が規制されて以降、東アジアへのアメリカウナギの輸出量が激増しており、アメリカのウナギの命運も気になるところです(※5)。
 こうしてみると、日本のうなぎ食文化の需要が、世界中のウナギをイナゴのように食べつくしてきたような構図に見えてきます。産業を守りつつも、EUの提案するような適正な資源管理を徹底しなければ、いずれ世界中のウナギが枯渇し、結局は我が国の関連する産業も、うなぎの食文化自体も存続できなくなってしまうのではないでしょうか。

【なぜ「長い目で見て合理的なこと」は実現されにくいのか】
 しかし日本政府は、ニホンウナギは中国や韓国、台湾とともに管理しており「絶滅の恐れはない」として、規制には否定的です(※6)。けれども、その主張には科学的根拠が示されているとは言いがたい一方、前述のように多くの専門家は科学的データに基づき「このままでは、ニホンウナギも遠くない将来に本当に絶滅してしまうかもしれない」と危機感を示しています。
 こうした状況を見ていると、政策の合理性と、政治の現実との間に横たわる深い溝、いわゆる「政策と政治の乖離」を感じます。科学的に合理的な政策が、政治的な都合によって押し流される例はウナギに限りません。少子化、格差、原発、教育、年金、環境問題など、いま私たちに閉塞感をもたらす多くの問題に共通する根源的な課題に思えます。本来科学的根拠や長期的な視点に基づいて決められるべき政策が、目先の分かりやすい成果や選挙への影響を優先する政治によって歪められてしまう構造です。実際問題、環境政策や持続可能な産業支援を本気で進めようとする政治家が、選挙では勝ちにくいという現実がある一方、すぐに結果が出る政策展開の方が支持されやすいという構造的な問題があります。あまつさえ選挙が近づけば、票を意識した発言や決定が優先され、長期的な国益や環境保全は後回しにされてしまいがちです。けれども、そうした近視眼的な判断の積み重ねが、将来の世代に深刻なツケを回すことになるのです。
 ニホンウナギを将来に残すかどうかは、単なる食文化の問題ではありません。それは「目先の利害を超えて、未来に責任を持てるか」という、社会全体への問いかけです。わたしたちが未来に何を残せるか、その一端を決めるのは政治であり、明確な意思を持って選ばなければいけないと強く感じます。

【若い人ほど、選挙へ】
 さて7月3日、参議院選挙が公示されました。土用丑の日が明けた7月20日が投開票日であることに、なにか因縁めいたものを感じるのは私だけでしょうか。
 若い人にこそ、選挙には万難を排して票を投じてほしいと祈るような気持ちでいます。これからの社会を長く担っていく若い世代の投票率が上がることは、長い目で見て持続可能な政策を後押しする大きな力になるからです。
 もし、候補者選びにピンと来ないと感じている方がいたら、ぜひこう問いかけてみてください。「この人は、30年後、50年後の未来を生きる私たちのこと、100年先の日本のこと世界のことを、本当に考えているだろうか」と。若い人たちの政治参加さえあれば解決するという簡単な話ではありませんが、それは大切な一歩であることに間違いありません。

(代表 高木圭子)

※1 ウナギをめぐる状況と対策について(水産庁)
https://www.jfa.maff.go.jp/j/saibai/pdf/meguru.pdf
※2 ウナギの国際取引規制提案へ EU、ワシントン条約で(東京新聞)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/414685
※3 人とウナギの歴史(WWFジャパン)
https://www.wwf.or.jp/activities/basicinfo/3677.html
※4 WWFジャパンと中央大学、ウナギの取引と流通の最新動向をまとめたファクトシートを共同発表(WWFジャパン)
https://www.wwf.or.jp/press/5981.html
※5 新たな消費者ターゲットとしてのアメリカ産ウナギ ~東アジアへの養殖用アメリカ産ウナギ稚魚の輸入量が過去最高を記録~(中央大学)
https://www.chuo-u.ac.jp/english/news/2023/12/69034/?utm_source=chatgpt.com
※6 小泉農相 EUの“ニホンウナギ規制”提案に反対働きかけへ(NHK)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250627/k10014846101000.html

田んぼにすむ“達人”~脱出のプロ、マメガムシ~

 厳しい寒さの冬が終わり、田んぼでは、これから本格的な田植えに向けて忙しくなる季節が訪れます。生きものたちも冬越しから目覚め、活動をはじめることでしょう。そんな時期だからこそ、これからの生きもの観察シーズンに向けて変わった能力をもつ生きものを紹介します。
 田んぼを主なすみかとする昆虫で「マメガムシ」という甲虫(カブトムシなどと同じ仲間)がいます。その名の通り、体長5 mmほどの「豆」サイズの小さな虫で、棚田のある水田地帯では、水中で植物などの上をゆっくり歩く様子がよく見られます。
 昆虫は田んぼにすむ様々な生きものの餌となりますが、これを利用する生きものの一つに皆さんもよくご存知の「カエル」がいます。このカエルたちは田んぼにすむ虫を好物の1つとしていて、マメガムシもよく狙われていることでしょう。
 しかし、このマメガムシはなんと、食べられても胃などの消化管を内側から刺激して通過することで、何事もなく生きたままお尻の穴から脱出できる驚きの特殊能力を持っているのです。
 たくさんの生きもののすみかである田んぼでは、私たちの見えないところで様々な攻防が起こっています。暖かいこれからの時期に田んぼでカエルを見かけたら、マメガムシのことを思いだしてじっと観察してみてはいかがでしょうか。

田んぼにすむマメガムシ

(東京支社:内田)

※本稿は認定NPO法人棚田ネットワーク様の会報誌「棚田に吹く風」(https://tanada.or.jp/news/kaiho135/)に連載しているコラム「生きもの屋の里山考」に寄稿した内容です。(第135号、2025年春号)

冬の水路になびくカワモヅク

 モヅクというと酢の物にして食べる海藻のことですが、真水に生えるカワモヅクという藻類をご存じでしょうか?
 カワモヅクは湧き水の豊富な河川や水路などに生育する紅藻類で、日本では二十種あまりが知られています。褐藻類である海のモヅクとは分類が異なり、ほぼ食用にもされない藻類なのですが、開発などにより湧水環境が失われつつあることから、ほとんどの種が環境省のレッドリストに掲載され、希少な存在となっています。
 主に田んぼ周りの水路でみられるアオカワモヅクという種は、晩秋に藻体が出現し、冬から春にかけて数センチほどに成長します。そして晩春には次の世代となる目に見えない胞子体を残し、枯れてなくなります。藻体は日当たりのよい水路の石や木杭などに着生することから、草刈りや泥上げなどの維持管理が適切に行われた環境が必要となります。アオカワモヅクも、人の営みによって育まれている里山の生きものの立派な一員ですね。少し寒さを我慢して、冬の水路になびくカワモヅク、是非覗いてみてください。
 ちなみに、現在ではモヅクではなくモズクの表記が一般的で、前述の環境省レッドリストでもカワモズクと表記されています。これは、戦後普及した「現代仮名遣い」によるものですが、今回は本来の語源を尊重し、あえてモヅク(藻付く)と表記してみました。

緑色をした紅藻類のアオカワモヅク(ややこしい)
緑色をした紅藻類のアオカワモヅク(ややこしい)

(東京支社:川口)

※本稿は認定NPO法人棚田ネットワーク様の会報誌「棚田に吹く風」(https://tanada.or.jp/news/kaiho134/)に連載しているコラム「生きもの屋の里山考」に寄稿した内容です。(第134号、2025年冬号)

しめ飾りから世界を覗く

 健やかに新年を迎えられたこととお慶び申し上げます。
 本年もどうぞよろしくお願いします。

【自前のしめ飾り】
  昨年に引き続き、当社のしめ飾りは手作りです。昨年研修でお世話になった山梨県の平林の棚田からお譲りいただいた稲わらで作っています。しめ縄やわら細工は、稲わらから「わらしべ」と言われる、葉を取り除いた芯の部分だけに選り分けていく作業に時間がかかるものの、細工自体は慣れてしまうとかなりのスピードでできるそうです(製作者談)。

当社入口に飾ったしめ飾り
鶴と亀を付けました
当社入口に飾ったしめ飾り 鶴と亀を付けました

 

【しめ縄の原料】
 ところで市販のしめ飾りのしめ縄は植物屋目線で見ますと、イグサ、ヤシ繊維、マコモなど稲わら以外のものが使われていることがままあります。こうした手仕事の産物は、東南アジアなどで生産・輸入される場合がありますが、当地にも稲はたくさんあるはずなのにと以前から不思議に思っていました。調べてみると稲わらは稲作にかかる病害虫の移入を防ぐため、植物防疫上の制約(燻蒸、産地証明など)がかなり大きいようで(※1)、コスト高になるのかもしれません。

【変わりゆく世界】
 とはいえ昨今の円安や我が国の国際競争力の推移をみると、「海外の労働力を活用する」というビジネスも過去のものとなり、今後は稲わらでできた国産のしめ飾りも増えてくるかもしれません。そういった変化を是とするか非とするかは、意見が分かれるところかとは思いますが、社会が変化していくことはもはや抗いようがなさそうです。
  2024年も、従来までとは違う社会の動きの多くを目の当たりにした1年でした。2025年も更なる変化の荒波に揉まれそうな予感を抱きつつも、中小企業という小さな舟で渡っていくことにこだわり、強みにしていけるような発想力を磨いて参りたいと思います。

 末筆ながら、皆さまの本年の変わらぬご健勝とご活躍をお祈りいたします。
 本年もどうぞよろしくお願いいたします。

(代表 高木圭子)

※1 よくあるご質問(輸入編)(植物防疫所)
https://www.maff.go.jp/pps/j/business/import/faq/index.html?utm_source=chatgpt.com#Q112

里山にハマるトンボ

 カトリヤンマというトンボがいます。“蚊とり“という名前からつい期待してしまいますが、残念ながらカトリヤンマを観察していると蚊にたくさん刺されます。蚊がいなくなるほど食べている訳ではなさそうです。しばしばユスリカ(刺さない蚊の仲間)の蚊柱をかすめるような飛び方をして採餌するので、そうした行動から名前がついたのかも知れません。
 カトリヤンマは、稲刈りの後、イネの株元や畦などの土中に産卵します。卵は春に田んぼに水が入るとかえります。このとき、代掻きによって土がかき混ぜられることで、卵が土の表面に出て光にあたることが必要なようです。幼虫(ヤゴ)は田んぼの中でミジンコやオタマジャクシなどを食べ、やがて成虫(トンボ)になります。このように、その生い立ちは田んぼの営みによくハマっています。
 しかしながら、田んぼの上を飛んでいる姿をあまり見かけることはありません。成虫はとてもシャイで、ふだんは近くの藪や林で生活しているうえ、早朝や夕方、雨が降りそうなくらい曇った日中など薄暗いときに活動しています。
 里山のトンボの“代表“といえばアキアカネ(アカトンボの仲間)がよく挙げられますが、カトリヤンマも劣らず里山と関わりが深く、目立たないがゆえに通好みのトンボと言えるかも知れません。

畦で産卵するカトリヤンマ

(東京支社:N池)

※本稿は認定NPO法人棚田ネットワーク様の会報誌「棚田に吹く風」(https://tanada.or.jp/news/kaiho133/)に連載しているコラム「生きもの屋の里山考」に寄稿した内容です。(第133号、2024年秋号)

2024年度社員研修

8月26日~27日に、2024年度の社員研修を実施しました。実施場所は山梨県富士川町にある平林地区。棚田の景観の美しいステキなところです。今年の研修のテーマは、「人と生きものを繋ぐ仕事人、さらに磨きをかける」。初日に平林地区において象徴的景観でもある棚田まわりを中心に生きものの調査を行って結果をとりまとめ、2日目にとりまとめた内容を元に生物多様性と農業や生活の営み、景観の保全などについて整理し、平林地区にお住まいの方を招いて発表するという流れです。必ずしも自然や生きものに詳しくない方々に、結果のポイントを包括的に捉え説明するということを、プロのファシリテーターさんのアドバイスのもと実施しました。
以下、参加者の中ではわりとベテラン(日本語に翻訳すると年寄り)にあたる社員のメモ書きです。うろ覚えの部分あります。

【1日目】
9:00頃:甲府駅集合後、レンタカーにて現地へ移動。ノロノロ台風10号はまだはるか西にいて、天気は良いがとにかく暑い。

棚田の景観が美しい平林集落

 

10:00頃:平林公民館にてオリエンテーション開始。ファシリテーターさんの進行のもと、研修の流れなど説明。模造紙に文字やイラストを次々と描いていくプロのファシリテータさんのグラフィック技術がすごい。

12:00頃:昼食後、3チームに分かれて、フィールドに出て生物調査開始。開始直後(ていうか開始前?)に、〇〇〇ガムシをつかまえたと小躍りする調査員1名あり。とにかく、若い人が生き生きと調査をしている姿が印象的。ベテランは若い人に少々まかせ気味かな??

生きもの調査が始まった

 

15:30頃:再び公民館に戻って、チーム毎に調査結果の整理と共有。途中、平林地区の活性化組合の組合長さんを招いて貴重なお話を聞かせていただいた。地元愛あふれるお話に感銘。

お話の概要など(それにしてもファシリテーターさんのグラフィック技術がすごい!)

 

18:00頃:宿泊施設である平林たはたの宿にて、バーベキュー開始。日が落ちると気温は心地よく快適。美味しいお肉とお酒をいただきました。バーベキューをやっている横で昆虫のカーテンライトトラップを始めるところが、ふつうとは違うところ。蛾の話で一部の人が盛り上がる。

バーベキュー会場横で怪しげに輝くカーテンライトトラップ

 

20:00頃:神社の森にムササビを探しに行くチーム(大人数)と、夜のため池にゲンゴロウを探しに行くチーム(少人数)が出発。(私はそのままバーベキュー会場でダラダラ。)ムササビチームは、ムササビは見られなかったもののシロマダラ(夜行性のヘビ)を見つけたと喜んで帰ってきた。ゲンゴロウチームは、池にはまって濡れながらも目当てのゲンゴロウ類が採れたと喜んで帰ってきた。めでたしめでたし。(もちろん住民の皆様の許可を得ての行動です。)

ムササビチームがシロマダラを見つけた!

 

【2日目】
7:00頃:起床後、朝ご飯。ノロノロ台風10号はまだ来ないけど雨が降り出した。でもまあ今日は概ね屋内なので問題なし。

9:00頃:平林公民館に集合。本日の流れの説明を受けた後、チーム毎に情報を整理してプレゼン資料(模造紙に手書き)を作成開始。漢字は書けないしイラストは描けないし。パワポを使えないプレゼン資料の作成に苦労する。チーム毎に整理したものを発表。

手作りプレゼン資料の一部

 

13:00頃:昼食後、午前中にチーム毎に整理したものを1つにまとめあげる作業をする。それにしてもフィールド活動が大好きな人たち。屋内作業中心の今日はどうかなと思いきや、皆さん熱心に取り組み、活発に議論を交わしていたのが印象的。

15:30頃:いよいよ平林地区の住民の皆さんを招いて結果発表。雨天の足元の悪いなか、思っていたよりも多くの方々に来ていただいて恐縮。若干の緊張も住民の方々の熱意に助けられて、調査結果の共有、情報交換が楽しく有意義に行われた。

住民の皆さんを招いての発表会

 

16:40頃:住民の皆さんが帰られたあとに研修のふりかえり。“人と生きものを繋ぐ仕事人”として、少しは磨きがかかったかな。

17:00頃:無事に終了して解散。さんざん楽しんでいたわりにみんな帰路につくのが早い。企画・運営してくださったスタッフ、そしてなによりも平林地区にお住まいの皆さまに感謝。

「人の営みと優しい農法が作った、生きものとともにある棚田」

 

【追記】
実はこれで終わりではなく、これから調査結果をとりまとめないといけない。

以上

社員研修ブログ担当:ぐっさん

里山に飛ぶぬいぐるみ

 夏から秋にかけて里山の用水路脇などでよく目にするツリフネソウの花には、ある昆虫がよく訪れます。私の推し虫、マルハナバチの仲間です。地域によって様々な種がみられますが、棚田を擁するような里山で夏に最もよくみられるのはトラマルハナバチでしょう。トラを思わせる黄色と黒のカラーリングでモコモコした毛が生えていて、まるでぬいぐるみのようです。

正面から見たトラマルハナバチのお顔
正面から見たトラマルハナバチのお顔

 マルハナバチは運動に適した体温を一定に保てるため、なんと5℃程度という冬のような低温でも活動できます。このため、朝早くから夕方遅くまで飛び回っています。また、食べ頃の花の位置などを学習して、非常に効率よく沢山の花を訪れることができます。さらに、人を刺すことはめったになく、ヒトの指にとまったりもします。働き者で知性を持った平和主義者、こんなヒトに私はなりたい。
  しかし、近年行われたマルハナバチ国勢調査の結果では、トラマルハナバチの分布は縮小していると推定されました。トラマルハナバチの生息に適した主な環境は、花いっぱいの里山環境です。里山における樹林の管理放棄が分布縮小の一因なのかもしれません。このかわいらしいいきもののことを知ることで、課題多き里山に想いを馳せるヒトが少しでも増えてくれるとうれしいと思います。

(植物担当:kk)

※本稿は認定NPO法人棚田ネットワーク様の会報誌「棚田に吹く風」
https://tanada.or.jp/tanadanetwork/backnumber-2-2-2/)に連載しているコラム「生きもの屋の里山考」に寄稿した内容です。(第132号、2024年夏号)

春節と棚田カレンダー

 明日、2月10日は陰暦の始まりにあたる旧正月です。旧正月という言葉は最近では、お隣中国からの観光客が押し寄せる、インバウンド関連の言葉として思い浮かべる方も多いかと思いますが、当社がお配りしている「旧暦棚田ごよみ」も陰暦のお正月である2月10日がスタートです。お手元にお持ちの方は忘れずにめくっていただければと思います。
 本日はその旧暦棚田ごよみに掲載した随筆をお届けします。カレンダーを印刷・製本する時期に書いたものなので、少し季節外れではありますが、棚田への想いを少しでも共有いただければ嬉しいです。

【豊かさの意味】
 秋から冬にかけて、稲刈りが終わった後の里山の清々しさは格別です。季節がら、空気が澄んでくるだけでなく、夏の間に茂った夏草がさっぱりと刈り取られ、見た目にもすっきりするせいでしょうか。また早々に日が傾くので、日の当たり方、空や雲、風景全体の色彩が刻々と移り変わる様子を、そのつもりがなくても思いがけず体験できるのも、この時期ならではです。
  コロナ禍で大好きな棚田もあまり行けなかったのですが、2023年の秋は、広島県は井仁の棚田を訪れる機会に恵まれました。太田川に注ぐ支流に沿って狭い谷を山深く上がっていった先に、忽然と現れる秘境のような場所でした。重機もない時代に人の手で積み上げられた石積みが、地形に合わせて表情豊かな曲線を幾重にも描く様子をみると、なにか「生きる」ことの本質を問われるようです。

稲刈りが終わった井仁の棚

 
 棚田を擁するような中山間地の過疎化、空洞化はいまや危機的状況と言われます。しかし、実際に中山間地を訪れてみると、生きもの屋としていつも感じるのは、平地と山地が出会うこんな場所は、本当に生物多様性のポテンシャルに溢れた、豊かな場所だという実感です。それはただ生きものの種類が豊かということに止まりません。井仁の棚田は8ヘクタールほどですが、それだけの田んぼがあれば、数百人が一年間飢えずに暮らせます。野菜や雑穀のできる畑地、果樹もあり、周囲を囲む森林は建材や燃料を供給し、たんぱく源となる中~大型哺乳類の生息環境にもなります。それほどのポテンシャルがありながら、実際には利用されなくなって久しく、放棄された水田、収穫されないままにたわわな実を落とす果樹、管理の手がなく荒廃した森林が増えています。
  多くの人が、この生産力豊かな土地をあとにして、都市で生きていくためにお金を稼ぐことにまい進するようになりました。GDPで測る「豊かさ」では我が国は未だ世界第3位の経済大国だそうです。しかし、生活の糧を豊かに生み出す力のあった中山間地はあまねく荒廃し、そこで生きる知恵も急速に失われつつあります。本当に、私たちは豊かになったのでしょうか。自らが暮らす土地の恵みを充分に活かせることこそが生きるために必要な力であり、本当の豊かさではなかったか。棚田を訪れるたびにいつも、そんなことを思います。

(代表 高木圭子)


※本稿の一部は当社が一年のごあいさつにカレンダーに代えてお配りしている「旧暦棚田ごよみ」の2024年度版に掲載した代表あいさつより抜粋したものです。

2024年、移り行く世界のなかで

 晴れやかに新年のごあいさつをしたい年はじめではありますが、年明けから悲しいニュースが駆け巡っています。
 まずは、元旦に発生した令和6年能登半島地震で被災された皆さまに心よりお見舞い申し上げます。

【氏神様へのごあいさつ】
 仕事始めにはオフィスからほど近い赤城神社さまにうかがい、社業繁栄の祈祷をお願いしてきました。特別信心深いわけではないのですが、日本古来の神様を祀っている神社を訪れると、「生きもの屋」として何か襟を正したくなる気持ちになるものです。西洋の神様は唯一絶対で、世界を創造し、全能ではっきりした戒律を持ちますが、日本の神様は慈悲深い女神様もあれば、ひどい狼藉者もいます。それが言ってみれば、豊かな恵みと抗いようのない災いの両方をもたらし、私たちの生命や暮らしを支配する「生物多様性」そのものに見えるからかもしれません。この生物多様性の恵みなくして私たちは生きられないという謙虚さを、神社の静謐な空間は思い出させてくれるように思います。「生かされている」という初心に立ち返り、清々しく一年を迎えることができました。

【移り変わる世界】
 年の初めにここ何年かの間のことを思い起こしてみると、世界は目まぐるしく、後戻りできない変化を遂げてきたように思われます。2020年から世界を揺さぶった新型コロナウイルス感染症が落ち着きつつある一方で、ウクライナやパレスチナから報じられるニュースには日々、私たち人間の残酷さや愚かさをいやというほど思い知らされます。ほかにも、激甚化する気象災害、戦争と軍拡、資本主義や民主主義の機能不全、格差と分断など、様々な災いや課題が次から次へと生じています。これらは私たちが日々向き合う「生物多様性」とは一見無関係なようで、実は全てが地続きであるように感じています。とはいうものの、しがない生きもの屋としてはできることは本当に限られていて即効性がなく、無力感もあります。

【答えを急がない力を活かす】
 さて、お正月の朝日新聞で、「ネガティブ・ケイパビリティ(答えを急がない力)」という概念が紹介されていました(※1)。簡単に(誰かが用意した、自分を傷つけない)結論に飛びついて思考停止することなく、曖昧な「もやもや」を抱え続ける不安や居心地の悪さに耐え、真実や最善を粘り強く追及していく力、これが現代の複雑化した社会課題の解決に不可欠である、という話でした。
 これにはちょっと意表を突かれた気がしました。「ケイパビリティ」(力・能力)と、何か強みのように紹介されていますが、言ってみればこれは「優柔不断」と紙一重ではありませんか。そして、この「すぐに決めない力」、これを力というのなら、生きもの屋の界隈にはこれが満ち満ちていて、ちっとも不足していないのです。技術者は総じて慎重で、簡単に物事を決めるということをしません。長く生きものや自然と向き合ってきた経験上、物事はそう簡単でないということをほとんど本能的に知っているからかもしれません。道理で、決まっていない気持ち悪さに対する耐性も大したものです(半分愚痴になっています)。
 結果に最短距離でコミットすることや、スピーディな判断・舵取りが求められるこの世の中で、こうした属性を弱みのように捉えていた自分に気づかされました。しかし、今こそ私たち生きもの屋の「すぐに決めない力」が必要で、そのことをまず私たち自身が強みとして自覚する必要があるように思いました。
 やはり、世界を揺さぶるような社会課題に対しても、生きもののスペシャリストとしてできることはあるはずだと思いたいです。起きていることに対してあまりにも無力であっても、そこは頑固にこだわって、今年も模索していきたいと思います。

 末筆ながら、皆さまの本年の変わらぬご健勝とご活躍をお祈りいたします。
 本年もどうぞよろしくお願いいたします。

(代表 高木圭子)

※1 答えを急がない力 帚木蓬生さん、枝廣淳子さん(朝日新聞) https://www.asahi.com/articles/DA3S15829738.html

メクラチビゴミムシの新種を記載しました

日頃から取り組んでいるメクラチビゴミムシという昆虫の分類学的研究で、非常に大きな成果を挙げることができましたのでお知らせいたします。本研究成果は、2023年12月11日に、国際学術誌「Acta Entomologica Musei Nationalis Pragae」へオンライン掲載されました。オープンアクセスですのでどなたでもご覧になれます。

https://doi.org/10.37520/aemnp.2023.020

論文タイトル

本論文では、メクラチビゴミムシと呼ばれる地下に生息するコウチュウ目の昆虫の一種を新属新種として記載し、オキナワアシナガメクラチビゴミムシRyukyuaphaenops pulcherrimusと命名しました。本新種は、体長6 mm前後で、一見クモを思わせるような極端に伸長した脚と触角を備えた珍奇な姿が特徴です。発見された場所は沖縄本島の本部半島カルスト地域と呼ばれるエリアで、外気との接触が少ない深い縦穴の底の極めて湿潤な箇所に限って生息しています。

オキナワアシナガメクラチビゴミムシRyukyuaphaenops pulcherrimus
オキナワアシナガメクラチビゴミムシ Ryukyuaphaenops pulcherrimus


そもそもメクラチビゴミムシとは、コウチュウ目Coleopteraオサムシ科Carabidaeチビゴミムシ亜科Trechinaeチビゴミムシ族Trechiniのうち、地下生活へ特化したために複眼が極端に退化もしくは消失した昆虫を表す学術用語です(差別的な意図は一切ございません)。

日本には、北海道から九州にかけて21属380種以上(亜種含む)のメクラチビゴミムシが知られていますが、琉球列島からメクラチビゴミムシが発見されたのは今回が初めてです。

オキナワアシナガメクラチビゴミムシは、触角や脚が伸長したり、腹部が膨隆したり、体前半部が細長くなったりと、形態的な特殊化が著しいことから、日本国内で最も地下環境に特化した昆虫の一つと考えられます。本種のような地下に著しく特化した生物が琉球列島で発見されたことは、本列島の特色ある豊かな生物相が地上部だけでなく地下部にも存在していることの何よりの証拠であると考えられます。この発見を機に、今後琉球列島の各地から数多くのメクラチビゴミムシが発見されることが期待されます。

オキナワアシナガメクラチビゴミムシの系統や詳しい分類学的位置は、現状では日本を含め東アジアにおけるメクラチビゴミムシ類全体の分子系統学的研究が皆無のため不明です。しかし、形態的観察からは、九州や台湾といった琉球列島の近隣地域に分布する種ではなく、約1,700kmも離れた中国湖北省の長江流域にある洞窟に生息する種とよく似ていることから、大陸由来の系統である可能性が示唆されました。

オキナワアシナガメクラチビゴミムシは、東アジア地域におけるメクラチビゴミムシ類の進化の歴史を紐解くうえで、重要なカギを握っているのかもしれません。

※詳しくは以下でも解説しておりますので、ご興味のある方は是非ご覧になってください。
・SNS: https://twitter.com/trechinae0815/status/1734009936454230178
・国立科学博物館プレスリリース:
    https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000694.000047048.html

ところで、生物の新種記載にあたっては、対象となる生物の体を詳細に観察し、その形態的特徴を的確にとらえ記載するとともに、わかりやすく図示しなければなりません。今回取り扱った昆虫は新属ということもあり、ばらばらに解剖し、体の隅々まで慎重に観察しました。体長が6mm前後ですので、体のパーツは細かいものだと0.5mmほどになります。こうしたパーツひとつひとつを、顕微鏡で観察するとともに、カメラへおさめ、図示しました。

論文に用いた図版。写真撮影は、すべて当社の機材を用いている
(詳しくは論文のマテメソをご覧ください)。
論文に用いた図版。写真撮影は、すべて当社の機材を用いている
(詳しくは論文のマテメソをご覧ください)。

 

いつもの研究風景。今回の論文は環境指標生物のオフィスで育まれた。
いつもの研究風景。今回の論文は環境指標生物のオフィスで育まれた。


さて、オキナワアシナガメクラチビゴミムシの生息地である本部半島カルスト地域は、地形的に重要な地域であることが古くから知られています。しかし本種の発見によって、生物の生息地としても極めて重要な地域であることが確かめられました。この地は、地元の方々の決死の努力によって、幾度もの開発の手から守られてきた場所だと聞きます。この素晴らしい環境がこれからも末永く守られ、次世代へと受け継がれていくことを願わずにはいられません。

オキナワアシナガメクラチビゴミムシの生息地、本部半島カルスト地域。亜熱帯から熱帯地域に特徴的な円錐カルストが広がる世界最北端の地としても知られる。
オキナワアシナガメクラチビゴミムシの生息地、本部半島カルスト地域。亜熱帯から熱帯地域に特徴的な円錐カルストが広がる世界最北端の地としても知られる。


一般的にメクラチビゴミムシをはじめとした地下性生物は、地下の極限環境に特化しているため、原則として移動能力が低く、不透水層や断層といった地下の微妙な構造の違いなどによって容易に生殖隔離され、狭い地域でも種分化しやすいといわれています。そのため、生息地の一部の改変であっても、個体群レベルで悪影響を受ける恐れがあり、ひいては種としての存続も危ぶまれることが予想されます。ダム建設や石灰岩採掘による生息地の消滅、道路建設や森林伐採に伴う地下水の低下や分断による乾燥化が、これら地下性生物にどのような影響を与えているのか?生物多様性保全の重要性が叫ばれているこの時代、こうした課題にも真剣に取り組んでいかなければいけないのかもしれません。

昆虫類担当:菅谷