2024年、移り行く世界のなかで

 晴れやかに新年のごあいさつをしたい年はじめではありますが、年明けから悲しいニュースが駆け巡っています。
 まずは、元旦に発生した令和6年能登半島地震で被災された皆さまに心よりお見舞い申し上げます。

【氏神様へのごあいさつ】
 仕事始めにはオフィスからほど近い赤城神社さまにうかがい、社業繁栄の祈祷をお願いしてきました。特別信心深いわけではないのですが、日本古来の神様を祀っている神社を訪れると、「生きもの屋」として何か襟を正したくなる気持ちになるものです。西洋の神様は唯一絶対で、世界を創造し、全能ではっきりした戒律を持ちますが、日本の神様は慈悲深い女神様もあれば、ひどい狼藉者もいます。それが言ってみれば、豊かな恵みと抗いようのない災いの両方をもたらし、私たちの生命や暮らしを支配する「生物多様性」そのものに見えるからかもしれません。この生物多様性の恵みなくして私たちは生きられないという謙虚さを、神社の静謐な空間は思い出させてくれるように思います。「生かされている」という初心に立ち返り、清々しく一年を迎えることができました。

【移り変わる世界】
 年の初めにここ何年かの間のことを思い起こしてみると、世界は目まぐるしく、後戻りできない変化を遂げてきたように思われます。2020年から世界を揺さぶった新型コロナウイルス感染症が落ち着きつつある一方で、ウクライナやパレスチナから報じられるニュースには日々、私たち人間の残酷さや愚かさをいやというほど思い知らされます。ほかにも、激甚化する気象災害、戦争と軍拡、資本主義や民主主義の機能不全、格差と分断など、様々な災いや課題が次から次へと生じています。これらは私たちが日々向き合う「生物多様性」とは一見無関係なようで、実は全てが地続きであるように感じています。とはいうものの、しがない生きもの屋としてはできることは本当に限られていて即効性がなく、無力感もあります。

【答えを急がない力を活かす】
 さて、お正月の朝日新聞で、「ネガティブ・ケイパビリティ(答えを急がない力)」という概念が紹介されていました(※1)。簡単に(誰かが用意した、自分を傷つけない)結論に飛びついて思考停止することなく、曖昧な「もやもや」を抱え続ける不安や居心地の悪さに耐え、真実や最善を粘り強く追及していく力、これが現代の複雑化した社会課題の解決に不可欠である、という話でした。
 これにはちょっと意表を突かれた気がしました。「ケイパビリティ」(力・能力)と、何か強みのように紹介されていますが、言ってみればこれは「優柔不断」と紙一重ではありませんか。そして、この「すぐに決めない力」、これを力というのなら、生きもの屋の界隈にはこれが満ち満ちていて、ちっとも不足していないのです。技術者は総じて慎重で、簡単に物事を決めるということをしません。長く生きものや自然と向き合ってきた経験上、物事はそう簡単でないということをほとんど本能的に知っているからかもしれません。道理で、決まっていない気持ち悪さに対する耐性も大したものです(半分愚痴になっています)。
 結果に最短距離でコミットすることや、スピーディな判断・舵取りが求められるこの世の中で、こうした属性を弱みのように捉えていた自分に気づかされました。しかし、今こそ私たち生きもの屋の「すぐに決めない力」が必要で、そのことをまず私たち自身が強みとして自覚する必要があるように思いました。
 やはり、世界を揺さぶるような社会課題に対しても、生きもののスペシャリストとしてできることはあるはずだと思いたいです。起きていることに対してあまりにも無力であっても、そこは頑固にこだわって、今年も模索していきたいと思います。

 末筆ながら、皆さまの本年の変わらぬご健勝とご活躍をお祈りいたします。
 本年もどうぞよろしくお願いいたします。

(代表 高木圭子)

※1 答えを急がない力 帚木蓬生さん、枝廣淳子さん(朝日新聞) https://www.asahi.com/articles/DA3S15829738.html