はけの小径で考えた「借りぐらし」

なかなか収束しないコロナ禍中、どのように休日をお過ごしでしょうか。遠出の叶わぬ旅好きの私は、最近は近所を散歩したりしています。つい先日も、都内の野川沿いを散策する道すがら、「はけの小径」に出会って、「はけ」まで遡って歩いたりしました(※1)。

 

はけの小径とアリエッティ

「はけ」というのは平野の段を分ける段丘の崖の面をいいます。見渡す限りの平地に見える武蔵野の台地ですが、長い距離を移動すると、突如として急斜面に出会うことが、間々あります。とりわけ河川の近くに、河川と平行に帯状に現れることが多いです。この急斜面の麓には綺麗な湧水(わきみず)が多いため、水道などなかった昔、それこそ有史以前から、人々の暮らしの舞台となり、遺跡が発掘さたりもする、ロマン溢れる場所なのです。「はけの小径」はこうした「はけ」に生じた湧水のひとつが、野川に注ぎ込む小さな流れに沿って整備された遊歩道です。この界隈は、スタジオジブリの代表作のひとつ「借りぐらしのアリエッティ」の舞台になっていることでも有名です。

アリエッティは家屋の床下に暮らす小人の少女で、家主から見つからないように、気付かれない程度に生活の糧を「借り」て暮らしています。物語では、アリエッティの暮らす屋敷にやってきた人間の少年とアリエッティの交流が、緑豊かな武蔵野を背景に鮮やかに描かれています(※2)。

はけの小径

はけの小径

アリエッティがやかんでこぎ出した水路

アリエッティがやかんでこぎ出した水路(※3)

 

「借りぐらし」は片利共生

個人的にこの「借りぐらし」という言葉がとても気に入っています。生態学の復習をしてみますと、生物の種間関係には、1)食う・食われるの関係、2)資源をめぐって争いが起きる競争関係、3)互いに関係を持ちつつ共存する共生関係などがあります。さらに3)の共生関係にはA)お互いに利のある「相利共生」、B)一方には利があるがもう一方には影響がない「片利共生」、C)一方には利があるがもう一方には損失がある「寄生」がある、と習いました。

「借りぐらし」は上記で言うところの「片利共生」にほかなりません。もちろん厳密に言うと家主は少し損をしているのですが、気づかない程度、あるいは「なんか変だけど・・・ま、いっか」という程度ならば、「片利共生」の範疇かなと思います。この「片利共生」という種間関係は、基本的には資源の奪い合いが原則に思える生態系において、とても平和的で寛大で、そして意外と普遍的な種間関係に思えます。自分が生きるためとはいえ、相手が明確に認識するほどの損害を与えてしまえば、排除の対象となります。しかしそれほどでもなければ、自然界では容認され、多様な生きものが同じ時空を共有して共存・共栄することができます。そうして多様な生き物で構成されることにより、様々なインパクトに対して緩衝効果、今風に言えばレジリエンスの高い、しなやかなシステムが実現していると思うのです。

 

人間も地球の「借りぐらし」

アリエッティの話にもどります。実をいうと最初は、彼らの暮らしは「借りぐらし」ではなく「貰いぐらし」ではないか?と思っていました。しかし、誰のものを貰うのか?貰ったらそれは自分のものなのか?と考えたとき、本来的には他者に属するものを「借りる」という言葉の「所有」の曖昧さが、とても大切に思えてきました。自然界にはそもそも「所有」という概念はなく、多様な生きものが時空も資源も共有しています。私たち人間だけが、空間や資源を「所有」して独占し、害のあるなし(あるいは大小)にかかわらず、多くの動植物を閉め出してきました。そのことで、生態系に対して無視できない損害をあたえる「寄生」になってしまえば、いずれ生態系の機能として、排除の機構が働くことでしょう。私たち人間も、本来的には地球の「借りぐらし」であるべきなんだと思います。

いま私たちに必要なことのひとつは、「所有する」という傲慢さを手放し、「借りる」という謙虚さを取り戻すことなのかもしれません。「はけ」のせせらぎを共有して共存するたくさんの生きものを眺めながら、改めて思った休日でした。

(代表 高木 圭子)

※1 はけの小径(中央線が好きだ。Web【公式】)
https://chuosuki.jp/activity/%E3%81%AF%E3%81%91%E3%81%AE%E5%B0%8F%E5%BE%84%EF%BC%88%E3%81%93%E3%81%BF%E3%81%A1%EF%BC%89/

※2 借りぐらしのアリエッティ(スタジオジブリ)
https://www.ghibli.jp/karigurashi/film_top.html

※3 スタジオジブリ作品一覧 借りぐらしのアリエッティ(2010)(スタジオジブリ)
https://www.ghibli.jp/works/karigurashi/