秋とイナゴの話

8月の猛暑が嘘のように、今年も秋がやってきました。モズの声や、キンモクセイの香り、ハロウィン商戦と、ひとそれぞれ秋の感じ方はありますが、当ブログの過去の記事を紐解いてみると、カヤネズミの球巣や川に放たれた金魚、枯葉にくるまったコウモリなど、生きもの屋たちの秋の感じ方はひと味違うようです。
ところで、「秋」という字は「のぎへん」に「火」という字を書きます。実りの季節に穀物を示す「のぎへん」はしっくり来ますが、なぜ「火」なのでしょう?植物屋としては、山が燃えるように紅葉するからかな、と思っていたのですが、調べてみるとちょっと違うようです。

【秋と火の意外な関係】
諸説あるようですが、一説には、秋はバッタ類が大発生して収穫前の穀物を食い尽くしてしまうことがあるので、バッタを焼いて豊作を祈ったところから来ているそうです(※1)。そういえば、パール・バックの代表作である「大地」のなかには、主人公の王龍がバッタの大群を追い払うため、半狂乱になって田畑に火を放つ、印象的なシーンがありました。中国では、全てを食い尽くしてしまうバッタ類の大発生は、有史以来、「蝗災(蝗害)」と呼ばれ、水害や干ばつと並ぶ災害と捉えられていたそうです。そういった事情もあって、漢字の祖国である中国で生まれた「秋」の字は、「のぎへん」に「火」だったのですね。紅葉や実りといったのどかで豊かな秋のイメージとは少し違って、いかに秋の収穫を確保して冬を生き延びるか、といった気迫や切実さが感じられます。

【「蝗」はイナゴかトノサマバッタか】
しかし、そういった現象は、小説や映画に描かれることはあっても、今ひとつ実感がありませんでした。それもそのはず、狭い国土の大部分が山林で覆われる日本では、一度に空を覆い尽くすほどバッタ類が大発生するような広大な草原はなく、また高温多湿でバッタ類の病害が多いことも手伝って、大陸でみられるような蝗災はほとんど生じなかったようです。日本で稲に害を与えるバッタ類はせいぜいイナゴの仲間くらいだったので、日本では「蝗」は「イナゴ」と読まれ、こういった現象は「イナゴの大群」と訳されることが多いです。しかし、実際には中国で災害を起こしていた「蝗」は、主にトノサマバッタの仲間だそうで、日本では水田より草むらなどにいて、稲作に影響を与えない種がほとんどです。

イナゴ類

刈られた稲にしがみついていたイナゴ類 いまでは地域によっては絶滅危惧種になることも

  • 【気候変動と蝗害】
    その、小説や映画の世界の話だったバッタの大群のお話が、今年はメディアでもかなり話題になりました。2020年の初頭から、東アフリカ、アラビア半島、さらにはインドまで、サバクトビバッタの群れが雲のように移動しながら作物を食い荒らし、数十年に一回といった甚大な被害をもたらしています(※2)。こうしたバッタ類は、普段は乾燥しているステップ気候の草原に、大雨が降って植物が急に繁茂した場合に発生する場合が多いことから、いわゆる気候変動の影響の一端として捉える向きもあるようです(※3)。
    アフリカや南アジアなど遠い国のお話ではありますが、海外で蝗害に起因する食料危機が生じれば、世界の食糧安全保障に暗い影を落とします。食糧自給率が40%に満たない日本(※4)にとっても、他人事とは言えない深刻な現象として気がかりです。
    また、バッタではありませんが、今年は西日本を中心に、稲作の代表的な害虫であるトビイロウンカが大発生して甚大な被害がでているようです(※5)。今年の梅雨の長雨と夏の高温少雨傾向が原因として指摘されており、これも気候変動との関連が気になるところです。
  • (代表 高木 圭子)

※1 雷乃収声(暦生活)
https://www.543life.com/seasons24/post20200923.html
※2 サバクトビバッタ(FAO駐日連絡事務所)
http://www.fao.org/japan/portal-sites/desert-locust/en/
※3 バッタ大量発生、数千万人に食糧危機の恐れ、東アフリカ(NATIONAL GEOGRAPHIC)
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/022400121/
※4 日本の食料自給率(農林水産省)
https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/012.html
※5 「過去最悪だ」ウンカ大発生で稲作大打撃 肩を落とす生産者(西日本新聞)
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/646005/