明日、2月10日は陰暦の始まりにあたる旧正月です。旧正月という言葉は最近では、お隣中国からの観光客が押し寄せる、インバウンド関連の言葉として思い浮かべる方も多いかと思いますが、当社がお配りしている「旧暦棚田ごよみ」も陰暦のお正月である2月10日がスタートです。お手元にお持ちの方は忘れずにめくっていただければと思います。
本日はその旧暦棚田ごよみに掲載した随筆をお届けします。カレンダーを印刷・製本する時期に書いたものなので、少し季節外れではありますが、棚田への想いを少しでも共有いただければ嬉しいです。
【豊かさの意味】
秋から冬にかけて、稲刈りが終わった後の里山の清々しさは格別です。季節がら、空気が澄んでくるだけでなく、夏の間に茂った夏草がさっぱりと刈り取られ、見た目にもすっきりするせいでしょうか。また早々に日が傾くので、日の当たり方、空や雲、風景全体の色彩が刻々と移り変わる様子を、そのつもりがなくても思いがけず体験できるのも、この時期ならではです。
コロナ禍で大好きな棚田もあまり行けなかったのですが、2023年の秋は、広島県は井仁の棚田を訪れる機会に恵まれました。太田川に注ぐ支流に沿って狭い谷を山深く上がっていった先に、忽然と現れる秘境のような場所でした。重機もない時代に人の手で積み上げられた石積みが、地形に合わせて表情豊かな曲線を幾重にも描く様子をみると、なにか「生きる」ことの本質を問われるようです。
棚田を擁するような中山間地の過疎化、空洞化はいまや危機的状況と言われます。しかし、実際に中山間地を訪れてみると、生きもの屋としていつも感じるのは、平地と山地が出会うこんな場所は、本当に生物多様性のポテンシャルに溢れた、豊かな場所だという実感です。それはただ生きものの種類が豊かということに止まりません。井仁の棚田は8ヘクタールほどですが、それだけの田んぼがあれば、数百人が一年間飢えずに暮らせます。野菜や雑穀のできる畑地、果樹もあり、周囲を囲む森林は建材や燃料を供給し、たんぱく源となる中~大型哺乳類の生息環境にもなります。それほどのポテンシャルがありながら、実際には利用されなくなって久しく、放棄された水田、収穫されないままにたわわな実を落とす果樹、管理の手がなく荒廃した森林が増えています。
多くの人が、この生産力豊かな土地をあとにして、都市で生きていくためにお金を稼ぐことにまい進するようになりました。GDPで測る「豊かさ」では我が国は未だ世界第3位の経済大国だそうです。しかし、生活の糧を豊かに生み出す力のあった中山間地はあまねく荒廃し、そこで生きる知恵も急速に失われつつあります。本当に、私たちは豊かになったのでしょうか。自らが暮らす土地の恵みを充分に活かせることこそが生きるために必要な力であり、本当の豊かさではなかったか。棚田を訪れるたびにいつも、そんなことを思います。
(代表 高木圭子)
※本稿の一部は当社が一年のごあいさつにカレンダーに代えてお配りしている「旧暦棚田ごよみ」の2024年度版に掲載した代表あいさつより抜粋したものです。
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