日頃から取り組んでいるメクラチビゴミムシという昆虫の分類学的研究で、非常に大きな成果を挙げることができましたのでお知らせいたします。本研究成果は、2023年12月11日に、国際学術誌「Acta Entomologica Musei Nationalis Pragae」へオンライン掲載されました。オープンアクセスですのでどなたでもご覧になれます。
https://doi.org/10.37520/aemnp.2023.020
本論文では、メクラチビゴミムシと呼ばれる地下に生息するコウチュウ目の昆虫の一種を新属新種として記載し、オキナワアシナガメクラチビゴミムシRyukyuaphaenops pulcherrimusと命名しました。本新種は、体長6 mm前後で、一見クモを思わせるような極端に伸長した脚と触角を備えた珍奇な姿が特徴です。発見された場所は沖縄本島の本部半島カルスト地域と呼ばれるエリアで、外気との接触が少ない深い縦穴の底の極めて湿潤な箇所に限って生息しています。
そもそもメクラチビゴミムシとは、コウチュウ目Coleopteraオサムシ科Carabidaeチビゴミムシ亜科Trechinaeチビゴミムシ族Trechiniのうち、地下生活へ特化したために複眼が極端に退化もしくは消失した昆虫を表す学術用語です(差別的な意図は一切ございません)。
日本には、北海道から九州にかけて21属380種以上(亜種含む)のメクラチビゴミムシが知られていますが、琉球列島からメクラチビゴミムシが発見されたのは今回が初めてです。
オキナワアシナガメクラチビゴミムシは、触角や脚が伸長したり、腹部が膨隆したり、体前半部が細長くなったりと、形態的な特殊化が著しいことから、日本国内で最も地下環境に特化した昆虫の一つと考えられます。本種のような地下に著しく特化した生物が琉球列島で発見されたことは、本列島の特色ある豊かな生物相が地上部だけでなく地下部にも存在していることの何よりの証拠であると考えられます。この発見を機に、今後琉球列島の各地から数多くのメクラチビゴミムシが発見されることが期待されます。
オキナワアシナガメクラチビゴミムシの系統や詳しい分類学的位置は、現状では日本を含め東アジアにおけるメクラチビゴミムシ類全体の分子系統学的研究が皆無のため不明です。しかし、形態的観察からは、九州や台湾といった琉球列島の近隣地域に分布する種ではなく、約1,700kmも離れた中国湖北省の長江流域にある洞窟に生息する種とよく似ていることから、大陸由来の系統である可能性が示唆されました。
オキナワアシナガメクラチビゴミムシは、東アジア地域におけるメクラチビゴミムシ類の進化の歴史を紐解くうえで、重要なカギを握っているのかもしれません。
※詳しくは以下でも解説しておりますので、ご興味のある方は是非ご覧になってください。
・SNS: https://twitter.com/trechinae0815/status/1734009936454230178
・国立科学博物館プレスリリース:
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000694.000047048.html
ところで、生物の新種記載にあたっては、対象となる生物の体を詳細に観察し、その形態的特徴を的確にとらえ記載するとともに、わかりやすく図示しなければなりません。今回取り扱った昆虫は新属ということもあり、ばらばらに解剖し、体の隅々まで慎重に観察しました。体長が6mm前後ですので、体のパーツは細かいものだと0.5mmほどになります。こうしたパーツひとつひとつを、顕微鏡で観察するとともに、カメラへおさめ、図示しました。
さて、オキナワアシナガメクラチビゴミムシの生息地である本部半島カルスト地域は、地形的に重要な地域であることが古くから知られています。しかし本種の発見によって、生物の生息地としても極めて重要な地域であることが確かめられました。この地は、地元の方々の決死の努力によって、幾度もの開発の手から守られてきた場所だと聞きます。この素晴らしい環境がこれからも末永く守られ、次世代へと受け継がれていくことを願わずにはいられません。
一般的にメクラチビゴミムシをはじめとした地下性生物は、地下の極限環境に特化しているため、原則として移動能力が低く、不透水層や断層といった地下の微妙な構造の違いなどによって容易に生殖隔離され、狭い地域でも種分化しやすいといわれています。そのため、生息地の一部の改変であっても、個体群レベルで悪影響を受ける恐れがあり、ひいては種としての存続も危ぶまれることが予想されます。ダム建設や石灰岩採掘による生息地の消滅、道路建設や森林伐採に伴う地下水の低下や分断による乾燥化が、これら地下性生物にどのような影響を与えているのか?生物多様性保全の重要性が叫ばれているこの時代、こうした課題にも真剣に取り組んでいかなければいけないのかもしれません。
昆虫類担当:菅谷
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