認識力の外にある危機

今年も暑い暑い8月がやってきました。6日には広島、9日には長崎で、平和を祈る式典が行われ、15日には終戦記念日を迎えました。76年前に起こった惨劇を思うとき、人が人に対して加えたこれほど破滅的な加害に言葉を失い、「なぜ」と問わずにいられません。
振り返って客観的に見れば先の大戦は日本にとって、当初から勝てないことが明確であったといわれています(※1)。その意志決定のプロセスは、本質的な状況分析を避け、先送りと主体性の放棄とを繰り返しているようです。昨今の政治・外交・社会的な事象に対する日本の対応と重ねて見る向きもあるようです(※2)。
生きものは本来、自らを利するようにできていて、人も例外ではないというのが生きもの屋の基本的な考え方です。そうでない生きものは世代を重ねることができず、早晩滅びてしまうと考えられています。それなのに、なぜ人は時に、破滅を自ら選んでしまうのでしょうか。

 

集団自殺するレミング

人以外の生きもののなかにも、破滅的な行動をとるといわれる動物がいないわけではありません。有名なところで、北極圏周辺に生息するネズミの仲間であるレミングは、全体の個体数を調整するために崖から海に飛び降りるなどして「集団自殺する」と考えられていました(※3)。しかし実際には、自らの意志で飛び降りるわけではないというのが今日の見方です。周期的に大増殖と激減を繰り返すレミングは「タビネズミ」とも呼ばれ、大増殖の結果として生じる集団移動の過程で、渡河中に溺死したり、群集に押されて崖から海に落ちたりする個体が少なからずあって、そのように思われたのかもしれません。

 

飛んで火に入る夏の虫

もう少し身近な例では、夏の夜に野外で火を焚いていると火に飛びこんで死んでしまう虫がいます。これはある種の昆虫が持つ「走光性」という光に向かって飛ぶ性質のためです。なぜ光に向かって飛ぶかについては諸説ありますが、夜飛行する昆虫が月明かりを頼りにしていることと関係があるようです(※4)。進化の歴史の長さから言えば、人が野外で火を焚くようになったのはごくごく最近のことで、なんにせよ、光に向かって飛ぶ彼らは、近づくと焼け死んでしまうことに思い至らず、勢い飛びこんでしまうのでしょう。

 

直感で認識できない危機

このように、当事者より少し客観的、俯瞰的、長期的な視点に立てば明らかな破滅に、当事者になると突き進んでしまうことがあります。私たち人は、高度に知性的な生きものと自認しがちですが、案外と当事者になると視野が狭窄して、今ここにある短期的な利益やその場しのぎに飛びついてしまう点では、他の生きものとそう変わらないようにも思えます。戦争や世界的なパンデミックなど、直感的に認識する力を越えた問題に対して、ひとりひとりが合理的な対応をするのは、私たちが思う以上に難しいことなのかもしれません。

 

今ここにある人の危機

さて環境分野では、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が9日、7年ぶりとなる評価報告書を公表しました(※5)。もはや人が地球を温暖化させたことは疑う余地がないこと、国際社会が設定してきた気温上昇1.5℃以内を維持する目標が非常に困難であることなど、これまで以上に大きく踏み込んで切迫した危機を訴えています。温暖化が進めば、森林火災や熱波、干ばつ、洪水などの自然災害、感染症が増加し、水不足や飢餓によりすでに定員オーバーの地球が養える人口はさらに減り、それこそ戦争を含めた様々な悲劇が予測されます(※6)。

気温上昇シミュレーション

報告書に掲載された複数条件での気温上昇シミュレーションの結果(※7)

 

IPCCの報告は、合理的な状況分析により人が出した予測ですから、後世の人から見ればこれもまた「予見された危機」です。それなのに世界が一丸となってこの危機に対応できずにいるのは、人の生きものとしての限界と言ってしまえばそれまでかもしれません。しかし、そこは人が人たる所以であるところの知性と想像力、勇気を最大限発揮して、乗り越えていくことを目指していきたいものです。

(代表 高木 圭子)

※1 アジア・太平洋戦争と国共内戦(朝日新聞)
https://www.asahi.com/international/history/chapter07/

※2 説明なき「安全安心」には納得できない(東京新聞)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/120695

※3 Lemming Suicide Myth Disney Film Faked Bogus Behavior(Alaska Department of Fish and Game)
http://www.adfg.alaska.gov/index.cfm?adfg=wildlifenews.view_article&articles_id=56

※4 虫はなぜ灯火に集まるのか?(兵庫県立人と自然の博物館)
https://www.hitohaku.jp/publication/newspaper/43/hm37-3.html

※5 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書第I作業部会報告書(自然科学的根拠)の公表について(環境省)
http://www.env.go.jp/press/109850.html

※6 気候大変動が地球と人類に与えうる「12の脅威」(東洋経済オンライン)
https://toyokeizai.net/articles/-/334619

※7 AR6 Climate Change 2021:The Physical Science Basis(ICPP)
https://www.ipcc.ch/report/ar6/wg1/