カタクリのミステリー

東京都薬用植物園の早春のにぎわい

つい先日、新年のごあいさつをアップしたと思っていたのに、気がつけばもう春分もすぎていました。年度の変わり目のこの時期は、仕事に忙殺されがちな私たちですが、生きもの屋として、春の訪れもまた、逃すわけにはいきません。そんな焦りに背中を押され、週末に自宅近くの「東京都薬用植物園」に行ってきました。一角に「武蔵野の雑木林」と呼ぶにふさわしいきれいなコナラの林があり、一面にカタクリが咲き、ほかに、シュンランやスミレ類、ヒトリシズカ、イカリソウなども花盛りでした。早春の日差しが地表面を暖め、林の主役たる樹木が目を覚まして葉を広げるまで、この束の間のエネルギーを利用して咲き乱れる花々で、早春の雑木林の林床はとても華やかなのです。

カタクリ

 

武蔵野の雑木林にカタクリが群生するミステリー

さて、地面を覆いつくさんばかりのカタクリの花々をみて、植物屋のはしくれであるワタクシは、ふと思いました。カタクリの種子はアリにより散布されますが、その距離は1世代で1mに満たないと言われますから、年一回の繁殖でも1km分布を拡げるには1000年以上かかる計算です。実際には、カタクリは発芽から開花まで数年かかるので、その数倍かかるでしょう。しかも、種子が移動した先も同じ環境でなければ、それ以上分布を拡げることは適いません。

いっぽう、カタクリが生育するいわゆる「雑木林」が武蔵野に成立したのは、江戸時代に用水が引かれて人が住めるようになってからといいますから、「武蔵野の雑木林」の歴史は意外と浅く、せいぜい数百年でしょうか。にもかかわらず、このように林床をきれいに下刈りされた武蔵野の平地林でカタクリをみることはそれほど珍しくありません。さて、これはいったい、どうしたことでしょう?

真相は、よくよく調べないといけないことですが、そうですね。こんなふうに春の訪れをドラマチックに演出してくれるカタクリです。こんな光景をみたら、「どれ、うちの裏山にもちょいとひと株」という人がいても不思議はありません。そういう行為の是非を問うのはまたの機会にするとして、結果として、カタクリはまんまと、武蔵野の雑木林にいてもおかしくない種、管理の行き届いた雑木林を指標する種のひとつとして、なんとなく地位を獲得しているのかなと思っています。

 

貴重種か、外来種か

もともと生育していなかった地域に人の介在で分布を拡げた種は「外来種」として歓迎されない場合も多いですが、その罪の深さは持ち込まれた時期と、移動した距離によるようです。武蔵野のカタクリがいつ頃持ち込まれたものか、ちょっとよく分かりませんが、ここ20-30年ということはなさそうです。また、平地のものは明らかにアウェイですが、丘陵地の北向き斜面の谷沿いなどに生育しているものは、氷河期からの生き残りといわれますから、すぐそこの狭山丘陵や多摩丘陵では、少なくとも一部はホームといえそうです。

こんな風に、地域のレッドデータブックに掲載される「貴重種」と呼ばれるような種であっても、その起源を突き詰めると、どう評価したものか、私たちプロでも悩ましいものが結構あります。ひとくちに「貴重種」とか「外来種」とか言っても、その線引きは意外と曖昧なものなのです。

(企画担当 高木圭子)